大学院医系科学研究科 消化器内科学 講師 大野敦司
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新宝测速6:本研究成果のポイント
- 肝炎ウイルスによらない非ウイルス性の肝細胞がん(以下、肝がん)の発症メカニズムを明らかにするために、肝がん患者の肝組織(がんではない部位)と肝がんのない患者の正常な肝組織を分析しました。
- その結果、肝がんを発症した患者の肝臓に特徴的な代謝産物の異常や遺伝子発現の違いで、「炎症」を特徴とするグループと「老化」を特徴とするグループに分かれることを発見しました。
- この発見が非ウイルス性肝がんの新規治療法の構築への礎となることが期待されます。
新宝测速6:概要
慢性肝疾患はさまざまな原因が関与し、がんに進行するプロセスには多くの要因が関ると考えられています。非ウイルス性肝がんの予防には、患者ごとの根本的な分子異常の特定が重要です。広島大学 大学院医系科学研究科 消化器内科学 中原 輝大学院生、大野敦司講師、岡 志郎教授らの研究グループは、肝がん患者の肝組織(がんではない部位)と肝がんのない患者の正常な肝組織を使って、RNA-Seq(遺伝子解析)※1とメタボローム解析(代謝物の解析)※2を実施しました。
その結果、肝がん患者の肝臓では、アシルカルニチン※3や脂肪酸※4が蓄積し、NADP+やガンマ-トコフェロール、性ホルモン関連代謝物(DHEAS)※5という重要な物質が減少していることがわかりました。さらに、これらの患者に、?炎症?を特徴とするグループと、?加齢?老化?を特徴とするグループが存在することが分かりました。
?炎症?が特徴となるグループは、NF-κBシグナル※6や上皮間葉転換※7に関する経路が活性化していました。一方で、?加齢?老化?が特徴となるグループではホスファチジルコリン合成の異常や性ホルモン関連代謝物(DHEAS)の減少が特に顕著でした。
公共データベースを用いた解析により、これらの異常を改善する可能性として、エピガロカテキンガレート(EGCG)などの抗酸化物質の補充が有効であるという可能性が示されました。
この研究は、慢性肝疾患の進行に関する新たな理解を提供し、新規の画期的な治療法の開発に向けた重要な手がかりとなることが期待されます。
本研究は日本医療科学研究開発機構の肝炎克服事業の一環として実施しました。
本研究成果は2025年2月21日に「Journal of Proteome Research」オンライン版で公開されました。
なお、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。また、本研究の一部は、日本学術振興会のJ-PEAKS※8の支援を受けており、広島大学では今後も、本支援により創薬研究を推進していきます。
新宝测速6:背景
肝がんは世界的に多いがんの一つであり、特にウイルス性肝炎とは関係のない肝がんの割合が年々増加しています。肝がんの発症にはさまざまな要因が関与しますが、その詳細な分子メカニズムは十分に解明されていません。
また、慢性肝疾患は生活習慣や加齢などの影響を受けるため、個々の患者によって異なる病態を示すことが知られています。今回の研究では、RNA解析と代謝解析を組み合わせることで、世界初の詳細な分子レベルの解析を実施しました。
新宝测速6:発表論文
- 論文名:Multiomics Analysis of Liver Molecular Dysregulation Leading to Nonviral-Related Hepatocellular Carcinoma Development
- 著者名:Hikaru Nakahara1,2, Atsushi Ono1*, C. Nelson Hayes1, Yuki Shirane1, Ryoichi Miura1, Yasutoshi Fujii1,3, Yosuke Tamura1, Shinsuke Uchikawa1, Hatsue Fujino1, Takashi Nakahara4, Eisuke Murakami1, Masami Yamauchi5, Tomokazu Kawaoka1, Daiki Miki1, Masataka Tsuge1,6, Tsuyoshi Kobayashi7, Hideki Ohdan7, Koji Arihiro8, Shiro Oka1
1. Department of Gastroenterology, Graduate School of Biomedical & Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan.
2. Department of Clinical and Molecular Genetics, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan.
3. Department of Clinical Oncology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan.
4. Hiroshima Prefectural Hospital Gastroenterology & Hepatology, Hiroshima 734-8530, Japan
5. Hiroshima Prefectural Hospital, Department of Clinical Oncology, Hiroshima 734-8530, Japan
6. Liver center, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan
7. Department of Gastroenterological and Transplant Surgery, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan.
8. Department of Anatomical Pathology, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan. - 掲載雑誌名:Journal of Proteome Research
- DOI:10.1021/acs.jproteome.4c00729
新宝测速6:研究成果の内容
本研究では、肝がん患者の肝組織(がんではない部位)をRNA解析とメタボローム解析を用いて調査しました。その結果、患者の肝組織に以下の特徴があることが分かりました。
- ミトコンドリア※9のエネルギー代謝の低下
肝がん患者の肝臓では脂肪酸やアシルカルニチンの蓄積が見られ、ミトコンドリアのエネルギー代謝が低下していることが分かりました。 - 発がんメカニズムは一様ではない
遺伝子発現と代謝産物のプロファイルを、教師無しクラスタリング※10すると、肝がんを発症した肝臓は、?炎症?と?高齢?という2つの異なる特徴を持つグループに分かれることが分かりました。 - ?炎症?
炎症を特徴とするグループでは、組織学的にも免疫細胞の浸潤が豊富で、遺伝子発現データからは、発がんに関連するNF-κBシグナルや上皮間葉転換(EMT)の活性化を認めました。このグループでは慢性的な炎症状態が継続していることが発がんの主な原因となっている可能性が高いと考えられました。 - ?加齢?
もう一つのグループの臨床背景を解析すると、炎症は強くないが、高齢者が多いということが分かりました。このグループでは、ホスファチジルコリン※11合成の異常や性ホルモン関連代謝物(DHEAS)の減少が特に顕著でした。これらは、肝細胞をストレスから守ったり、炎症や腫瘍の抑制といった働きが報告されていることから、このグループでは、加齢に伴う、ホスファチジルコリン合成やDHEASの減少が発がんを促進している一因と考えられます。
新宝测速6:今後の展開
公共データベースを用いた解析を行ったところ、没食子酸エピガロカテキン※12、ポリフェノールの一種のレスベラトロール※13を用いると、上記の分子異常が回復される可能性が示されました。今後は、?炎症?を特徴とするグループでは炎症を取り除く、?加齢?を特徴とするグループでは、加齢に伴い不足する物質の補充、など、分子異常に応じた治療法の開発が望まれます。
新宝测速6:用語解説
RNA-seq(遺伝子解析)※1:RNA-seqは、細胞内で遺伝子がどのように活性化されているかを調べるための技術。私たちの体は、遺伝子に書かれた情報をもとに、さまざまなタンパク質を作り出します。RNA-seqでは、細胞内のRNAをすべて集めて、その配列(どのような順番で並んでいるか)を詳しく調べます。この技術を使うことで、遺伝子がどの程度活性化(または抑制)されているか、どの遺伝子が働いているかを知ることができます。
メタボローム解析(代謝物の解析)※2:メタボローム解析は、細胞や生物の中に存在するさまざまな化学物質(代謝物)を詳しく調べる技術です。これらの化学物質は、体内でエネルギーを作り出したり、生命活動に必要な反応を助けたりする役割を担っています。メタボローム解析では、血液や尿、細胞などから代謝物を抽出し、それらの種類や量を測定します。
アシルカルニチン※3:脂肪酸が細胞内でエネルギーとして利用されるために必要な物質です。脂肪酸は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアに入るためには、カルニチンという物質と結びつき、アシルカルニチンになる必要があります。この結びつきにより、脂肪酸はミトコンドリア内でエネルギーを作り出すために利用され、体内でのエネルギー生成に欠かせない役割を果たします。
脂肪酸※4:重要なエネルギー源のひとつで、食事から摂取する脂肪を構成する成分です。脂肪酸は、長い鎖のような分子で、エネルギーを貯える役割を持っています。体が必要なときに脂肪酸はエネルギー源として分解され、ミトコンドリアでエネルギーを作り出すために利用されます。例えば、運動や食事の消化後に、脂肪酸がエネルギーとして使われます。脂肪酸は、動物性の脂肪や植物性の油に含まれており、体内でさまざまな機能に使われます。
性ホルモン関連代謝物(DHEAS)※5:は、主に副腎で生成されるホルモンであり、血中DHEAS濃度は20歳前後にピークに達した後、加齢とともに直線的に低下することが知られています。体の中で炎症を抑えたり、インスリンの働きを助けて糖尿病になるのを防いだり、腫瘍、動脈硬化等を予防する働きがあると言われています。
NF-κBシグナル※6:細胞の免疫反応や炎症反応を調節する重要な経路。NF-κBは、特定の刺激(例えば、感染やストレス)に反応して、細胞内で活性化され、炎症を引き起こす遺伝子をオンにします。このシグナル経路は、免疫細胞の働きや細胞の生存に影響を与えるため、がんや自己免疫疾患などの病気に関与しています。
上皮間葉転換(EMT)※7:細胞が上皮細胞(互いに密接に結びついた細胞)から間葉細胞(より移動能力を持つ細胞)へと変化するプロセスです。EMTは、傷の修復やがんの転移に重要な役割を果たします。がん細胞がEMTを経て移動することで、他の部位に転移しやすくなるため、がん研究において注目されています。
J-PEAKS(地域中核?特色ある研究大学強化促進事業)※8:地域の中核大学や研究の特定分野に強みを持つ大学が、その強みや特色のある研究力を核とした戦略的経営の下、他大学との連携等を図りつつ、研究活動の国際展開や社会実装の加速等により研究力強化を図る環境整備を支援することにより、我が国全体の研究力の発展を牽引する研究大学群の形成を推進することを目的としています。
ミトコンドリア※9:ミトコンドリアは、私たちの細胞の中に存在する小さな器官で、「細胞のエネルギー工場」とも呼ばれています。主な役割は、食べ物から得られた栄養素(糖や脂肪)を使って、細胞が必要とするエネルギー(ATP)を作り出すことです。私たちが体を動かすために必要なエネルギーを供給し、体のさまざまな機能を支えるために重要な役割を果たします。また、ミトコンドリアはエネルギーを作る際に細胞内で酸素を消費します。
教師無しクラスタリング※10:あらかじめラベルのないデータを自動的にグループ分けする技術。この手法では、コンピュータがデータの特徴や類似性に基づいて、似たデータを同じグループにまとめる。
ホスファチジルコリン※11:細胞膜を構成する主要なリン脂質の一つで、肝臓の脂質代謝や胆汁酸から肝細胞を守るのに重要な役割を果たします。その代謝異常はがんや神経?筋肉?肝臓等の疾患に関わります。
没食子酸エピガロカテキン※12:緑茶に含まれるカテキンの一種。強い抗酸化活性を示す。
レスベラトロール※13:ポリフェノールの一種。ブドウの皮、ブルーベリー、ラズベリー、クワ、ラッカセイ等に含まれる。
新宝测速6:参考資料

図1 研究のデザイン/全体像

図2 教師なしクラスタリングの結果
RNA-seqとメタボローム解析の結果を併せて教師なしクラスタリングを行った結果、2つのサブタイプに分類することができました。臨床情報からサブタイプ1は炎症を特徴とするグループ、サブタイプ2は加齢?老化を特徴するグループであることがわかりました。

図3 RNA-seqによる各サブタイプのシグナル解析
サブタイプ1はNF-κBシグナルや上皮間葉転換に関する経路が活性化していました。サブタイプ2は代謝異常に関連する複数のシグナルに異常が確認されました。
- 報道発表資料(869.73 KB)
- 掲載誌:Journal of Proteome Research
- 研究者ガイドブック(大野 敦司 講師)