九州大学先導物質化学研究所の玉田薫教授、岡本晃一准教授、臼倉英治特任助教(現在名古屋大学)、博士課程1年の増田志穂美らの研究グループは、広島大学医歯薬保健学研究科の柳瀬雄輝助教、九州大学先導物質化学研究所の木戸秋悟教授、久保木タッサニーヤー助教らとの共同研究において、細胞が接着した「ナノ界面」の構造を高い時空間分解能で観察できる「局在プラズモンシート」(※1)の開発に成功しました。
2014年のノーベル化学賞に代表されるように、光の回折限界(※2)を超える空間分解能を持つ超解像度顕微鏡(※3)の開発が現在世界中で進められています。この技術によって生きた細胞内の分子の観察が初めて可能になりましたが、観察には非常に複雑で高価な装置が必要でした。
本研究グループでは、金属ナノ粒子が規則配列した単層シートを蛍光観察基板として用いることで、現在最も「薄い」領域の観察に用いられている全反射蛍光顕微鏡(※4)の約10分の1の厚みの「ナノ」の領域のイメージングに、世界で初めて成功しました。この観察には金属ナノ微粒子の持つ「局在表面プラズモン」(※5)の効果を利用しています。
この局在プラズモンシートを用いれば、細胞が接着した界面における「接着斑」(※6)の高解像度イメージングや、細胞内の分子の動きの高速観察を、ほぼ全ての生化学系の研究室が持っている汎用の蛍光顕微鏡下で行うことができます(図2)。超解像度蛍光イメージングを身近なものにしてくれるこの技術は、世界の生化学、医学の研究者の標準技術となることが期待されます。
本研究成果は、国際科学誌Natureの姉妹誌である「Scientific Reports」において、2017年6月16日(金)午前10時(英国夏時間)に公開されました。
用語解説
(※1)局在プラズモンシート 大きさの揃った金属ナノ微粒子が自己組織化により規則配列した構造を持つ単層シートのこと。本実験では、直径約10ナノメートルの金微粒子を水面に展開させて作製しました。粒子と粒子の間の距離は、粒子を覆っている有機分子(アルキルアミン)により均等にわずかに離れています(ナノギャップ形成)。この微粒子シートに特定の波長の光を当てると、局在表面プラズモン(※5)と呼ばれる現象により、シート表面に均一で強力な光電場が発生します(図1a左図)。
(※2)光の回折限界 まっすぐに進む光をレンズで集めると焦点位置では光が小さな点になります。この点の最小サイズは光の波長程度で、これよりも光を小さくまとめることはできません。これを光の回折限界といいます。この現象により、光学顕微鏡の分解能(解像度)は決まり、通常の光学顕微鏡観察では光の波長以下の構造は観察できません。
(※3)超解像度顕微鏡 従来の光学顕微鏡が持つ回折限界を超えた分解能を持つ光学的顕微鏡を超解像度顕微鏡と呼びます。共焦点レーザ顕微鏡(CLSM)やノーベル賞を受賞したSTED, PALM(STORM)などが有名ですが、これらは基本的に観察する面内での解像度を上げるための技術で、深さ方向(厚み)の観察領域を薄くする技術ではありません。「薄い」領域の観察には、現在でも全反射蛍光顕微鏡(※4)を用いるのが一般的で、最薄観察厚みは約100ナノメートルでした(図1a右図)。
(※4)全反射蛍光顕微鏡 ガラス基板に対し、全反射条件になるように光を斜めから入射して、試料側にしみ出した光(エバネッセント光)を使って蛍光観察する顕微鏡を全反射蛍光顕微鏡といいます。エバネッセント光の浸み出し深さが100ナノメートル程度なので、界面から100ナノメートルの領域にある蛍光分子だけを選択的に光らせることができます。界面近くで起こる現象を見つけたり、背景光(ノイズ)の少ない蛍光検出をしたりするのに利用されます。
(※5)局在表面プラズモン 金属ナノ微粒子などの金属ナノ構造体に光が照射された際に、ある特定の波長の光と金属ナノ構造体の表面の自由電子とが共鳴的に結合し、金属ナノ構造体のごく近くにのみ大きな光電場を形成する現象を局在表面プラズモンと呼びます。局在プラズモンシートでは、この現象により、シートから10ナノメートル程度までの距離にある蛍光分子の発光だけを著しく強めることができます。
(※6)接着斑 細胞が基板などに接着する際に見られる点状構造のこと。ここで細胞外マトリックスと細胞の間の接着が生じていると考えられています。